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国見岳−1,738m(熊本・宮崎)山行記録 平成15年5月3日(祝)天候・晴れ、気温 山頂15度程度 ルート:内大臣林道広河原登山口より山頂、杉の木谷登山口下山、単独 2.内大臣橋を渡り終えたところから舗装が切れて悪路になる。なお、熊本県側のトイレこの橋を渡った公園の先にはない。(宮崎県側は長谷登山口に至る林道の入り口にある。)矢部を出てほぼ1時間で、広河原登山口に到着。付近は10台前後の駐車スペースがあり、マイカーによる登山が一般的になっているようである。 3.ベンチの先を少し登ると、道は下りはじめ間もなく小沢に出合う。都合6本の沢を横切るため、水の用意は少なくとも済む。最後の沢までは、登山道は急斜面を横切るようにつけられており、小気味よいアップダウンを繰り返しながら、徐々に高度を上げていく。桂の木が目印となる4本目の沢が最も大きい。地元の登山者に聞いたところ、この時期には天然記念物であるベッコウサンショウウオが産卵をするために出て来るそうである。ためしに、落ち葉や石をひっくり返してはみたが確認できなかった。 4.山頂では15人前後の登山者が休憩していた。深田久弥は「日本百名山・黒岳」の中で、「たいていの山は・・・何か人気くさいものを見出すが、黒岳からの眺めは全くそれを絶っている。四周すべて山である。」と記しているが、国見岳からの眺めも同様である。平家の落人伝説が残るだけのことはある。ここから見た山は、わずかに市房山を除いてすべて未知の山々である。 5.下山路にとる杉の木谷登山口は登りがやや急な分、500mほど距離が短い。このコースの水場は頂上から300m下った長谷との分岐点に1箇所ある。明るい登山道をぐんぐん下ると、廃屋となった営林小屋が見え、突如林道の跡にでる。平坦な道を500mも進むと、登山道は杉の人工林の中をジグザグにつけられた薄暗い山道となる。これを急降下し、大きくなる谷の水音を聞きながら進むこと約15分で、杉の木谷登山口に飛び出す。 6.
コースタイム:広河原登山口(45分)杉の木下のベンチ(35分)ベッコウサンショウウオのいる沢(30分)京丈山方面の分岐(30分)国見岳山頂(1時間)杉の木谷登山口(15分)広河原登山口(山頂での休憩を除く・合計3時間25分) (後記・花便り) 5月5日、九州第二の峠である牧の戸峠から久住山を2時間半ほどで往復してきましたが、 沓掛山までのコンクリート道の両側にはドウダンツツジの花。沓掛山から扇が鼻までの草付きにはハルリンドウの群落。なお、ミヤマキリシマの花は、売店の植木鉢にのみ見られます。 (中野 記) |
今年初めて「心の山」丹沢 大倉尾根ー塔の岳へ日帰りで行って来ました 2003.1.18 田 添 正 鍋割山荘の「草野さん」も書策小屋の渋谷書策さんの話も掲載されています。 大倉尾根は心の山であり、身心共に自分の健康状態を知るトレーニングの山でもある。 |
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2002年12月27日〜2003年1月3日 北アルプス/明神岳南西稜〜前穂、奥穂〜大キレット〜南岳〜横尾尾根下降 メンバー:大木信介(信大学士山岳会)、谷口ケイ(京葉山の会) サイコーの2003年を迎えるために上高地へと出かけて行くことになった。まだ、出会って3度しか顔を合わせていない二人の不思議にも爽快な山旅は松本を出発点として始まった。居酒屋チベットの荒木さんに下山したら極美味の塩ラーメンを食べに来ることを約束して。 この日は食糧、装備を整えてBOND君の車で上高地まで。村営ロッジ越冬小屋でのんびりと過ごしながら重過ぎる装備を再確認してもう少し軽量化を試みる。 古いせんべい布団で眠る。う〜寒い! 5:00 起床。ごはんと漬物、味噌汁をしっかり食べて、テルモスには濃くて甘いココアを入れてみた。 6:10 出発。岳沢への登山道にはDAAC(防衛大)のトレースがある。ラクチン。 7番看板のところでDAACのBC発見。この先30分程登ったところでDAACに追いつく。8人パーティだが、3人がFIXを張るため先行しているとのこと。更に30分程で先行の3人に追いつく。ラッセルに苦戦している様子。ワカンをはめてラッセルを交代、先に出る。BONDラッセルめちゃめちゃ早い。伊達に信大山岳会で育ってないと実感させられた。しかも彼のラッセル後は歩きやすい。サスガだ。 X峰への道のりは遠い。三角岩峰辺りの岩稜にはボロFIXが残置されているが、ノーロープでも行ける。結構楽しい。久しぶりになんだかとても気持ちがいい。 13:15 更にしばらく登って、ようやくX峰。天気良好。大パノラマ。最高!感動しながら歩いていく。 14:00 岳沢側をトラバース気味に登り、W峰を越える。 14:30 V峰。岳沢側から岩稜を登る。ピークからはなかなか渋いクライムダウンとトラバース。「立岩で鍛えたアイゼンワークなら大丈夫だよ」なんて無責任な自信を持って声を掛ける。後でBOND君には「こんな所うちの部だったら絶対懸垂だよ」と言われてしまうが、力があるなら冬山は迅速な行動が要求されるのだからいちいちロープ出さないで済むならそれに越したことは無い、ということで今後の長い行程中、渋いクライムダウンを何度も経験することになるのだった。 15:00 U峰のピークに立つ。北側の岩峰の残置シュリンゲに一本残置を追加して、50mの懸垂でT・U峰間のコルに降り立つ。時間的にも今日はここまで。風が冷たくなってきた。指先が痛い。雪庇に用心しながらテントサイトを整地する。だんだん風も強くなってきた。 16:00 小さなゴアライトに2人もぐり込む。あー、ほっと一安心。狭いテントの中でもぞもぞと動き、なんとかボタージュを胃に流し込んで気分復活。スープひとつで心も体も温まるなんて、雪山だけの幸せだ。こんな幸せな瞬間が大事なのだ。 2人ちびっこで良かった。このテントでもなんとかなるもんだ。狭くて大変だけど、その分暖かいハズ。 夜はツナそぼろご飯 5:00 起床。シュラフとカバーの間に雪がたっぷり積もっている。ひぇ〜。 夜じゅうすごい風だった。テントの外は真っ白。ヤル気がそがれるなあ。それでも朝ごはん食べて、お茶を飲んでいるうちに風もやわらいできた。 朝ラーメン+もち 行くかぁ。テント撤収にそれなりに時間がかかる。T・Uのコルのテントサイトなのでそんな優雅なスペースでもない。あぁ手が冷たい。 7:30 ようやくテント場出発。 7:45 明神岳主峰ピーク。ここからが長かった。奥明神沢のコルへの下りは結構シブく、懸垂の支点が2箇所あったが何だかんだ言いながらクライムダウンしてしまった。 更に前穂へは、岩の稜線を雪庇にビビりながら歩いたり、岩峰を巻いて深いラッセルトラバースの繰り返し。近くて遠い前穂のピーク。 11:00 前穂ピークにようやくたどり着く。あー感動。北尾根が見える。振り返ると明神岳は・・・今はガスの中だ。 そしてここから更に長い道のりが始まるのだった。甘く見ていた吊尾根。岩稜と雪庇の稜線を歩いてはクライムダウンして、トラバース、そしてまた雪壁を登っては岩の稜線を往く。一回懸垂20m。雪もズボズボのラッセルだったり、クラストしていたり。時々夏道がうかがえるが、いやらしいトラバースで雪崩が恐い。稜線を辿るように行くも雪庇がかなり発達していて要注意。 東の空は晴れてきて、常念の姿が白く聳えている。北尾根、そして時々明神岳の姿も背後に見えている。しかし、私たちの行く先はガスの中。奥穂はどこにあるのだろう。もう随分歩いた。BOND君がひたすらラッセルしてくれた。ついて行くだけなのに非常にお腹が減りまくる。今日の行動食を食べ切った後にお腹がグ〜〜って鳴ったのには参ったな。15:30 ひたすら雪壁を登った3071mのピークで奥穂を断念。もうすぐ山頂だろうと思っていた矢先、目の前に巨大な雪庇をたくわえた雪壁が立ちはだかったのだ。 あー、無念。今日は穂高岳山荘の冬期小屋で凍ったものを乾かす予定だったのに。あー、無念、を繰り返す2人。それにしたって、目の前のデカイ雪庇を張り出している巨大な雪壁を越える気力は今の2人にはどうにも無かったのだ。 P3071に最高のビバークサイトをつくる。空は晴れ渡り、サイコーの色に染まっている。松本の夜景と三日月と満天の星空。寒い夜。凍りつくような夜。 夜は赤飯+すまし汁 5:00 起床。寒くてイマイチ熟睡できなかったな。足先が冷たい夜だった。でもテントの外は風も無く、満天の星空。 朝はラーメン+もち とっても寒いので、少しカラ炊きをしながら朝食と準備。 7:00 テントから出ると八ヶ岳の後ろから朝日が昇る。富士山がデッカイ。とても冷え込んだけれど風も雲も無く、神聖な朝の光が北アの空全体に広がっていく。 7:15 P3071雪庇ぎりぎりのテントサイトを撤収して出発。さあ、目の前にそびえる雪壁に向かうぞ。縦走装備での雪壁登りはコワイ。大の苦手パートだ。でもそれを越えたらもう奥穂のピークは近い。 7:45 奥穂ピーク。穂高岳山荘への下りは途中、2回雪壁のクライムダウン。 8:30 念願の穂高岳山荘に到着。小屋にいたのはNHK冬山取材班の3人。彼らが小屋を去ろうとした時に、ようやくやってきた最初の登山者である私たちを取材することになった。ラッセルと岩場の撮影。そしてお茶を一緒に飲んだ。カメラマンの米山氏は北大出身、サポートの杉山氏と前原氏は信大出身。しばらくおしゃべりをした後、青空の涸沢岳へと戻っていく3人を見送る。その後、何故か冬期小屋の隣でテントを張っている福岡大山岳部の学生と話す。天気悪くなるんだから小屋に入りなよ。 昼過ぎ だんだん天気が悪くなってきて、気づいたらホワイトアウト。小屋にも続々と人がやってきた。ほとんが涸沢岳西山稜から。私たちを入れて、小屋は総勢9名となった。 小屋に置いてある余りの食糧をいただいて、夜はスープパスタ。 5:00 一応起きるが、外は真っ白なので停滞を決め込んで再びシュラフにもぐり込む。槍まで縦走するという佛教大山岳部OBの2人組は出発するらしい。気合が違う。 7:30 外が明るくなってきたので外へ出てみるが、頭上に青空が見えるが他は変わらず真っ白。風は無いが、ラジオによると天気は悪くなる様子。われらは停滞モードで、のらりくらりとシュラフの中でうだうだする。小屋にいた他の2人組は奥穂へ出掛けていった。福岡大生も奥穂ピストンの様子。 11:30 年明け後も天気が悪いらしいという誰かの話で、他の小屋泊者たちは皆下山を決めて続々出発していった。換わりに登ってくる人もいる。天気が悪くなると知ってのことだろうか・・・? 小屋の脇でテントを張っていた福岡大生もようやく小屋に移動してきた。学生5人+私たち2人で、ココアを飲んだり、もちを食べたり、お茶をしながらいろいろ話す。現役学生との交流ってのが新鮮でまたよろし。BOND君は他大山岳部生と話をするのがとてもうれしい様子。 16:00 天気図を書くと日本の周りに低気圧が4個もある。こりゃ大荒れだなー。明日は絶対北穂には行こうと気合い入れていたのにどうも明日も動けない気配。それじゃ今夜は紅白でも聞きながら愛について語ろう・・・ってことになるのだった。アンド大晦日だから2003年の目標を考えることにする。 元旦の天気はいったいどうなるのだろう・・・天気図では悪そうだけれど、外は風も無くおだやかな様子。目覚ましが鳴る前からなんだか目が覚めていた。 5:30 起床。外は満天の星!風も無い。行ける!! 朝パスタ+わかめご飯 6:40 穂高岳山荘出発。涸沢岳の頂上で初日の出を見たかったけどちと間に合わず。涸沢岳の斜面で明るく輝く初日の出を拝む。眼下は雲海。360°周りの山が全て見える。真っ白な山並みが東西南北はるか遠くまでくっきりと見えている。そして白い山が赤く染まり出した。すごいすごい。後から登ってきた福岡大生達の顔も赤く染まって。完璧な2003年の幕開けだ。さい先いいぞー。今年はきっとい年だ。嬉しくってたまらない。 涸沢岳ピークから槍ヶ岳を拝んで、さぁいよいよキレットへの道が始まる。出だしにまずボルト2個で25mの懸垂。トラバースからクライムダウン。2回目の懸垂は残置シュリンゲのある岩にシュリンゲを一本追加して20m。そこが涸沢槍のコル。槍に登り返して滝谷側をトラバースしていく。クライムダウンと岩稜の登り返しを繰り返す。滝谷を見ながら。松涛岩の下りでもう一度懸垂20m。これは残置ハーケンを使った。 10:20 北穂ピーク。サイコー! 無風快晴で相変わらず360°の大パノラマ。春のような陽気だ。 北穂小屋からの下りは長い雪壁のクライムダウン。トラバースしていって岩に残置されたシュリンゲで懸垂。ロープ一本で懸垂したが、その後のクライムダウンが渋かったのでロープ2本出したほうが良かった。40m懸垂すればクサリ場まで降りられる。 トラバース、クサリ、渋めのクライムダウンの繰り返し。途中で佛教大の2人組に追いつく。彼らはキレットまでロープを出していた様子。確かに途中のクライムダウンは結構緊張する。キレットまでもう少しのところで最後の懸垂。残置ハーケンにもう一本打ち足して、25mいっぱい。 13:30 キレットで休憩。ここから佛教大組が先行。南岳への登りもそう楽じゃない。疲れているときの雪壁登りは本当に辛い。恐い。苦手だな。それでも青い空を眺めながら、白い山々を眺めながらのんびり進む。 15:20 南岳小屋に到着。そのとたんに白いガスがやってきて、みるみるホワイトアウト。なんていうタイミングなんだろう。早速4人で南岳冬期小屋に入る。中は真っ暗。広くは無いが、4人には十分なスペースがある。小屋の中にトイレもある。残念ながら携帯電話は通じない。のんびりとお茶にする。明日は横尾尾根を下るだけだから、今日はゼイタクにスープ類を飲む。 夜はとりそぼろごはん 佛教大の彼がニシンの干物をくれた。あぶって食す。とってもおいしい。こうして元旦の一日が暮れてゆく。 それにしたって今日という日はなんて素晴らしかったんだろう。一日中信じられないくらいの青空で、飛騨側からの風は気持ちいいくらいだった。日本中の全ての山が見えるのではないかという程沢山の山を見ながら歩いた新年の一日。 夜は小屋テントでぐっすり眠れた。しかし夜半過ぎからすごい風が冬期小屋にたたきつけていた。 5:00 起床。佛教大の2人は4:30起きで準備をしている・・・が、外はものすごい風で小屋から出るのも一苦労。音だけでなく、外は本当に風雪だ。 朝は明太子パスタ 7:00 しばらく出発を見合わせることにする。 8:00 実は風の音がすごく聞こえるだけなんじゃないか、ということで4人外に出てみるが、直立できない程の風で目も開けていられない。私は小屋から一歩足を踏み出して早くも撤退を決める。 早速パッキングした荷を開いて、再びそれぞれテントを張る。足も手も指先が冷たい。火をつけてそばを食べて温まる。 9:10 天気図を書くBOND。ちくしょー、書いたって全然天気読めねーよ、もぉヤダ!と言いながら書いている。 10:00 まさに気圧の谷が通過しているようなものすごい風。下界の天気予報では昼から晴れるらしい。底冷えするのでついにシュラフを出してもぐり込む。やっぱりシュラフの中は暖かい。ひたすらFM長野を聴く。早くも寝息を立てているBOND君。あー、今日は停滞かなぁ。それにしても昨日ここまで来ていて良かった。北穂小屋なんぞにいたら進むことも退くこともできないものなー。 12:15 佛教大の2人組が出発する。今日は槍まで向かうとのこと。天気はとても良いようだが、強風は相変わらず。私たちは、今から出発しても3時間しか行動できないのでは中途半端なところでテントを張らなければならなくなるだけなのだからと、今日は腹をくくって停滞と決めてシュラフにもぐり込んだまま。明日はきっといい天気だから頑張ろう。 16:00 風の音は相変わらず南岳小屋をたたいているが、夕日を見ようと2人で靴を履き、装備を万全にして外に出る。冬期小屋の入口に雪が吹きだまってなかなか戸が開かない。外に出てみると素晴らしく良い天気だ。ただし暴風で、立っているのも大変。そんな中ケルンまで歩いていく。 槍が見える。穂高も見える。周りの山々がくっきり見えている。西に大きな夕日が輝いているけれど、西風が強くて見たいものが思うように見れない。風に背を向けて山の稜線を眺める。稜線の雪が風にもて遊ばれているようにぐるぐる回って流れていく。空に向かって飛んでいく。白い山の稜線が赤く染まってくる。空の色も薄い青に、紫に変わっていく. BOND君が写真を撮っている間、山と空と風の姿を眺めていた。寒くてたまらなかったけれど、至福の時だった。ゼイタクな時間だった。風が強くて立っているのも大変だったけれど、ずっとそこで移りゆく色を眺めていたかった。今日出掛けていった2人は無事槍に着いただろうか・・・ 私は、今日出掛けなくて良かったと改めて思った。こんな風じゃ、絶対凍傷になっていたに違いないものね、とBOND君と話す。 小屋に戻って改めて冬期デポを物色すると、賞味期限の切れたチョコ、クッキー、レトルトカレー、キムチもつ煮、うどん、α米、etc.そして白ガスが出てきたので有難くいただくことにする。すべて98年〜2000年のものだ。何でこんな古いものが残ったままなんだろう。下手したらただのゴミだ。そんなわけで夜はもつ煮うどん+カレーうどん α米は次の山行用に、ウイスキーは下界に下りての乾杯用にいただいて行くことにする。荷は減るどころか増えているんじゃあないだろうか。先日まで、こりゃ痩せるなぁ、なんて言っていたのに今日は食べてばかりでこりゃ太るなぁ。雪山に来てエネルギー補給してるなんて、ヘンな2人なのであった。 4:30 起床。まだ外では風の音がしているが、昨日のような強風ではない様子。何はともあれ今日は絶対出発するのだ。 朝ラーメン 6:15 2人、更に重くなったザックを背負って冬期小屋から這い出る。まだ暗いのでヘッ電をつけての出発。風に顔を向けると呼吸が辛いけれど、歩くには問題なし。 後から確認したけれど、南岳の稜線は5m以上はあるだろう大きな雪庇ができていた。飛騨側をトラバース気味に歩いていく。 6:45 横尾尾根への分岐。東の空が赤くなってきた。正月三日目の新しい朝だ。雪壁をクライムダウンして横尾尾根へトレースする。天狗のコルへの下りの途中で、八ヶ岳の向こうから真っ赤な朝日が昇ってくるのを見つめる。恐ろしいくらいに赤く輝いていて不思議な光景だ。美しいけれど、天気が崩れる兆しだ。 7:15 天狗のコル。ここから8峰への登り返し。稜線を振り返ってみると、槍にガスがかかっている。見る間に稜線をガスが越えてくる。雪がチラチラ舞い出した。あー、いつもより早く出発して本当に良かった。一時間遅かったらホワイトアウトだったな。 8:00 横尾の歯(7〜6峰間)。FIXロープが見え隠れしている。所々シブいクライムダウンや岩稜トラバース。 8:15 6峰 8:30 5峰手前の台地で休憩。すっかり雪雲に覆われてしまった。目の目に屏風岩を望み、右岩壁の巨大な大氷柱を眺める。 4峰の岩峰を越えて小さなコルに立ち、目の前のヤブ岩峰を巻いたりするよりはここからガリーを駆け下ろう、ということにする。どうもこれが3のガリーだったようだ。BOND君が先に駆け下っていく。途中からシリセード・・・加速していったところでナメ滝を認めて左岸の小尾根に移る。潅木の中を下って、25m2ピッチの懸垂で滝の下に降りて、そこからまた駆け下り&シリセード。 10:00 横尾谷に降り立つ。目の前の右岩壁にトレースがある。誰か登っているんだ。 14:00 上高地河童橋に戻ってきた。 ここまで来たからには、今日中に松本まで帰ろうということになり、釜トンネルまで車を取りに戻って、大雪となった上高地を去る。 松本もこの日は大雪だった。「ファインビュー室山」温泉を経由してそのままチベットの荒木さんのところへ行く。が、なんと念願の塩ラーメンは正月三日の間に売切れてしまっていた・・・塩ラーメンへの道だったのに。このままでは我らの山行は終われないよぉ。それでもこの日は美味しいお刺身と荒木さんの山形特製お雑煮をいただき、赤ワインで乾杯をした。すばらしい正月。 松の湯にて優雅に寝過ごす、という予定だったのに山モードの2人は早朝に目が覚めてしまうのだった。今日やらなければならないことは一つだけ。 チベットで荒木さんの塩ラーメンを食べる。魚ダシのあっさり塩ラーメン。 今日も雪がチラチラと舞っている松本の町。本当に昨日さっさと山から降りてきて良かった。もし昨日の下山が遅れていたら、私たちの塩ラーメンはまだずっと先になってしまっただろう。いつも空腹だったけれど、毎日がお腹いっぱいの山旅だった。明神岳の岩峰も、前穂〜奥穂への長かった吊尾根も、そして大キレット越え、横尾尾根。停滞と行動のタイミングは絶妙で完璧だった。停滞中は沢山のことを考え、行動中は一切の邪念が無かった。 60gザック、ドロワット上下、プラブーツ、シュラフ(デナリ)、エアマット、コッヘル小、テルモス、ビーコン、バイル(クオーク)2本、アイゼン(カジタ)、ハーネス、メット、シュリンゲ6本、バラビナ6枚、ハーケン2枚 ロープ9mm2本、ゴアライト1、ドラゴンフライ、白ガス3.5g、小鍋
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| 正月の山荘日記
2003.1.5 田 添 正 12月31日は、元旦の雪山登山に備え21:30には床に着く 山荘での越年は20数年振りである。テレビ紅白無視! |
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武甲山−1,295m(埼玉)山行記録 平成14年11月3日(日)天候・快晴、気温 山頂15度程度 ルート:横瀬駅より表参道経由山頂・帰路は裏参道を通り浦山口駅へ、単独 1.
武甲山をはじめて目にしたのは、7年ほど前に両神山を訪れるその途中のことであった。電車が正丸峠のトンネルをようやく抜けて秩父盆地に入ってまもなく、車窓の右側に山腹を削られた大きな山がみえたので思わず地図を取り出した。それが武甲山との出合いであった。 2.
西武鉄道の特急も停車する横瀬駅前では、朝9時近くになっても営業している商店がない。飲み物の自販機があるだけであり、昼食を現地で調達しようとしたあてが完全にはずれてしった。この先にも道すがら商店はなく、生川にかかる橋を渡ったところにあるセメント会社の事務所脇に飲み物の自販機があるだけだった。 3.
昼食がないので、展望を楽しんだらそそくさと裏参道から下山する。裏参道はきわめて急傾斜であるが、予想外に登山者が多い。長者屋敷の頭までは、西側の眺望のきく登山道であるが、落雷がしばしばあるようで退避所が7箇所設けられている。長者屋敷の頭で道は二分するが、裏参道はここから2分の水場を経由しない尾根伝いに行くコースであり、こちらを採る登山者のほうが多いようである。 4. コースタイム 登り:横瀬駅(70分)一丁目登山口(50分)大杉の広場(30分)武甲山山頂 (計2時間半) 下り:武甲山山頂(20分)長者屋敷の頭(25分)分岐点(5分)裏参道登山口(30分) 橋立寺(10分)浦山口駅 (計1時間半) (山頂での休憩と参観を除く) (中野 記) |
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台湾「玉山」登頂に成功!
三田村 孝尚 ヤッター 玉山 山頂である。平成14年8月9日 午前5時30分 「寒い!」・「強風!」・「ガス(霧)がひどい!」 玉山登山口の石碑のある塔塔加鞍部より、登山の始まりである。なだらかな 先日の台風の余波で大岩が道をふさいでいるのが見える。排雲山荘まで、約 ガス(霧)が深く、風も強い、雨になるかも知れない。3000m近いのに 孟禄亭を過ぎ前山口で、登山口よりついて来た2匹の犬と共に昼食。紅氏がデポしておいた水で湯を沸かし、お茶を飲む。うまい。3杯も飲んでしまった。 歩き始めるとやはり雨が降り出し、この日の為に購入した「ゴア」の雨具を 登山道には500mおきに標識があり、目安になる。ゆるやかな登山道を行 着いた!3400m、排雲山荘 15時55分着 先着グループと握手。 山荘は、水道、洗い場、トイレ等完備しており、管理も行き届き快適である。 翌日、(8月9日)午前2時30分起床、傅氏、紅氏、陳氏 用意のキャベツ入り卵スープ。身体が暖まり、うまい!午前3時12分 出発 先頭を歩く紅氏の「星影のワルツ」の口笛が聞こえる。当方、歩くので精一 落石防止の防護ネットのトンネルを過ぎると、頂上も近い気配。先頭グループ 先着の堀沢、伊澤、菊地、日向、青山、紅氏等と握手。着いた「玉山登頂!」 東の空が明るくなって来るが、雲にはばまれ御来光は見えず残念。一瞬ガスが晴れ360度の展望!一同歓喜の声! 全員無事登頂! 感謝感謝!
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記 二度目の台湾「新高山」登山と校友との交流会(報告) 日本の教育の影響と「親日的な国民性」に接して 田 添 正(国学院大U部wv8期OB会長・法政経51年度卒) 平成14年8月9日、早朝、台湾の最高峰「玉山(新高山)」(3952m)に2度目の登頂を達成した。今回は山仲間(昭和15・16・17・19年生れ)の還暦祝と台湾の校友との交流が主な目的であった。 16年前に富士登山で偶然知り合った校友(短大農)と次回は是非台湾の新高山に一緒の登ろうとの約束を果すことが出来た。今シーズンも7月に富士山を2往復・山頂を9周し高度順応トレーニングを積んで臨んだ。 下山後、台北市のホテル(拓植卒経営)の地下「台湾料理店」で農獣医の校 2名の校友は、現在建設中の台湾新幹線(台北―高雄)工事に携わり、1名は造園 その後、台東から緑島・蘭嶼島へ船で渡り、蘭嶼島では80歳前後の先住民 話題は、「ヤミ族」の時とほとんど同じで当時、日本の教育を受けた人(9つの先住民族)の共通語は、今でも「日本語」と聞き「教育の果す役割」の重大さを再認識し、離島へ行ってもカラオケで「日本語で演歌」が歌われているのを見て台湾人は「親日的な国民」だと感じ帰国しました。
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霞沢岳−2,646m(長野)山行記録 平成14年8月21日−22日(水・木)天候・晴れ、気温 山頂12度程度 ルート:上高地より徳本峠小屋泊で山頂往復、単独 朝8時新宿発のスーパーあずさ3号に乗れば、小屋の夕食の時間である午後5時までには余裕をもって到着できる。夏の上高地は平日といえども大勢の観光客や登山者でごったがえしており、バスターミナルから河童橋にかけては銀座や新宿の繁華街とその賑わいは大して変わらないほど混雑している。 明神までの約4キロの道のりも人の往来はひっきりなしである。明神を少し過ぎた白沢橋から右に折れて、ようやく雑踏から解放される。 徳本峠への道は、最初は自動車が通行できる広い道を白沢沿いに歩き、木の橋を渡り峠まで3キロの道標を見たところから山道となる。道はなおも涸れ沢となった白沢沿いをゆくが、やがて山腹を緩やかにトラバースして今度は黒沢沿いに行く。 途中、山崩れで登山道が崩壊している箇所があるが、ペンキと道標に導かれて涸れ沢となった黒沢の中をしばし行き、元の登山道に戻ると、道はジグザグにつけられ傾斜もやや急になる。 しかし、昔からの往来に使われた道だけに、きわめて登り易い。最初の水場にはベンチが置かれており、ここで白沢橋の分岐から約3分の2。小休止の後、なおもジグザグにつけられた道を行き、最後の水場を越えて一度トラバースした地点で、峠まで800mの標識を見る。霞沢岳の分岐をやりすごせば、小屋までは200mの距離である。この区間に、ツリガネニンジン(ヒメシャジン)、オオニガナの花。 徳本小屋は定員30人の小さな小屋であり、山小屋という雰囲気をよく残している。現在ではほとんどの小屋は発電機をそなえているが、ここは昔ながらのランプに頼っている。私は、こうした小屋を北アルプスではあとは餓鬼の小屋しか知らない。 この日の宿泊客は22名、あの上高地の雑踏がウソのような静けさである。小屋の展望台は穂高を望む絶好のポイントであり、三脚を立てている人がちらほらいる。 小屋の朝食は6時と、山小屋としてはきわめて遅くはじまる。下山までの時間を考えて、お弁当(おにぎり)にしてもらい5時15分出発。その日に霞沢岳に登る登山者では、最後発となった。登山道は展望台を通る近道があるのでそれを利用する。 5分も行けば下からの登山道に合流し、すぐに急斜面に電光形につけられた道を2428mのジャンクション・ピークをめざす急登になる。シラベやコメツガの針葉樹林帯の中をゆくので、眺望はわずかに途中のスタジオ・ピークと記された場所ならびにジャンクション・ピークでわずかに、東面が開けるのみで、集中して足を持ち上げることができる。 この後は、2261mの小規模な湿地があるところまでは、ところどころに泥濘のあるゆるやかな下りとなり、高度を落とす。湿地の水は沸かして飲用に耐えられるかどうかであり、他の水場は山頂まで一切ない。湿地からは尾根道となるが、とかくアップダウンが多く時間がはかどらない。 尾根道はところどころで東側斜面がガレており、樹林の間から目指す霞沢岳がようやく望める。途中でオコジョを見た。こうしたガレ場の草付きの斜面にようやく高山植物が姿を現すので、お花見も気が抜けない。 尾根道の樹林帯にはいつしかダケカンバが交じり、花はカラマツソウ・イワハゼ。サンカヨウはもう実をつけていた。小さなコブの登りの途中の草付きにはハクサンフウロ、ウサギギク、ミヤマアキノキリンソウ、ミヤマトリカブト、ミヤマハハコ、オヤマノリンドウの花。 K1ピークへの登りはガレ場の真上にあたり、穂高方面の展望のきく西側斜面の急登となるが、ザイルがところどころにあり、いかにも無理やり「切り開いた」という感じの道である。ナナカマドやミヤマハンノキの枝や根にもすがり、慎重に登るとやがて森林限界を超えハイマツが現れ、狭いK1ピークに到達する。 山頂までは、K2ピークを越える岩場のアップダウンの道が続くが、さほど危険なといころはない。この岩場では、トウヤクリンドウの花。山頂からは、穂高連峰が新鮮な角度で迫り、焼岳・乗鞍岳も至近距離にあった。ただ、槍の穂先は穂高の陰に隠されていたように見えた。山頂付近に雷鳥の親子。 予想していたことではあったが、アルバイトは峠小屋と霞沢山頂の標高差500mのみから判断した場合より厳しかった。累積標高差は下りを含めるとその倍を超えそうである。好天に恵まれたこの日、出会った登山者は前日の小屋泊まりの人がほとんどでわずか12人。 穂高連峰の展望がすばらしく200名山にも数えられる山なので、もう少しは登られてよいだろう。帰りの明神、高た。地へと帰る道すがら、××ツアーというリボンを下げた50人以上の槍ヶ岳へと向かう団体客を見てそう感じ コースタイム:1日目 上高地(35分)明神(1時間20分)徳本峠 2日目 登り:徳本峠(50分)ジャンクション・ピーク(20分)小湿地(1時間50分)K1ピーク(30分)霞沢岳 (計3時間半)下り:霞沢岳(30分) K1ピーク(1時間半)小湿地(40分)ジャンクション・ピーク(30分峠)徳本(計3時間10分)(50分)明神(35分)上高地(山頂での休憩を除く。) (中野 記) |
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礼文岳−497m(北海道)山行記録 平成14年7月13日(土)天候・霧、気温 山頂10度程度 ルート:起登臼(きとうす)登山口より山頂、帰路は内路(ないろ)登山口へ、単独 2002年版の昭文社発行の「山と高原地図・第1巻利尻・羅臼」に依ると、礼文岳には島の東側の起登臼および内路から2本の登山道が開かれている。朝一番に稚内を出港するフェリーは、船泊・須古屯方面のバスの接続は悪い。そこで、ターミナルから約8キロ離れた起登臼まで徒歩で行くことにした。 途中、寺然(てらしかり)にあるコンビニで昼食を購入。右手に海を見ながら、途中香深井(かふかい)の町を通過し3本の防波覆道を通り、1時間半かけて登山口へと到着。先のガイドブックには、「起登臼にはバス停がなく、降りる場合には事前に運転手に告げて下車のこと」と記してあるが、バス停が設置されていた。起登臼の登山口は何軒かの集落・北海道電力の施設やあわび養殖センターの建物をやり過して、道がカーブし終わったところから始まる。 ところが、この登山口の入り口には「礼文岳に登山する場合は内路にお回りください。」という標識が掲げられていた。内路まではさらに2キロ以上は舗装道路を歩かされるし、須古屯行きのバスには5分前に追い越されたところである。自転車に乗っていた地元の人にその登山口を教えていただいた後だったので、「どうしたのだろう」と訝しがりながらも登山を開始した。 最初の草付きの標高差150mの登りが全行程中もっとも急である。登山道は尾根の樹林帯へと一直線に登って行く。しかし、晴れればその向こうに利尻富士が控えるという海を見ての眺望、何よりも足元に咲く花々、ミヤマシシウド・紫のレブンソウ・ピンクのエゾシオガマやチシマゲンゲ・黄色のウサギギク、残念なのはレブンウスユキソウの花は終わっていたが、それらの花々を愛でて登るのは苦にはならない。 礼文は「花の浮島」の名に恥じない。結局、この短い区間に花がもっとも多かった。樹林帯に入ると道はほぼ右手に、右手にと向かうようにしてつけられている。昨日の雨のためコースは滑りやすかったが、傾斜がゆるくなるため登りにくさはさほどでもない。道はしっかりとしているが、樹林帯が切れるあたりの下草やササがところどころで道を隠し、クモの巣が張るなど人がほとんど通っていない様子であった。 「ほとんどの登山者は内路から往復するのだろうか」、と考えながらダケカンバやトウヒ・トドマツの樹林帯を縫う登山道を緩やかなアップダウンを繰り返して内路登山口との合流点である二股に到着した。ここで今までの疑問が氷解した。今、通ってきた道には「進入禁止」の標識と鎖が架けられ、起登臼コースの案内はカバーで隠されていた。ただ、思わぬ方角からの登山者にやや呆気にとられていた中高年の女性登山グループの顔がもっと印象的ではあったのだが。 この起登臼コースも、数年前まで東側の通称8時間コースの途中から登られていた笹泊コース同様、廃止の運命をたどるのであろう。役場には確認していないが、自然環境の保護と地方財政の逼迫という一見、縁のなさそうな命題が偶然に結びついた結果の産物であることを強く思う。 内路からの樹林帯の赤土のぬかるみの区間が最も悪い。長くは続かないのだが、下山は特に要注意。ハイマツが顔を見せ、ミヤマハンノキがカンバにとって代わり、山頂まで1キロの標識を見るころからこの悪路から解放される。そして、北側の緩斜面にはエゾカンゾウの大群落、花は今がピーク。道の両側には湿気を好むゴゼンタチバナがびっしりと咲いていた。410mの小ピーク付近で、矮性化したハマナス。 同じバラ科なのでタカネバラに瓜二つ。20mほどくだり、100mの高度を登り返すとケルンの立つ礼文岳山頂に登り着いた。頂上は深い霧の中で、期待していた眺望はまったくなかった。山頂付近にエゾツガザクラの花。なお、下山時に先の400mピークでここが頂上だと勘違いしていて、昼食を広げていたグループがあったが、前が見通せないとこうした誤解もおこりうる。 二股分岐から先の登山道は緩やかに下り、樹林帯を抜けてなだらかな丘陵とその間を縫う県道、そしてその先に海が見えてからが長かった。最後は内路の集落が見えると、登山道は電光系につけられ、高度を落として民家の間を抜けると、程ほどなくしてバス停に降り立つ。ここには売店と公衆電話がありタクシーが呼べる。天候のせいか、あまり登山者には会わなかった。 この後巣古屯方面のバスに乗り、4時間コースのさわりを歩いてみたが、礼文は全体的に草付きのなだらかな丘陵がその大半を占めている。これは、利尻島の鋭く天を指す利尻富士とは好対称で、礼文岳は「登る山」ではなく「歩く山」なのだと実感した。礼文を代表するもうひとつの花、レブンアツモリソウの花期もすでに終わっていたが、他の豊かな花々に加え、引きもきらず往来していた本土からの満員のツアーの観光客を乗せたバスの列にこの島の最高の季節を見た。 コースタイム:香深フェリーターミナル(90分)起登臼バス停(45分)二股分岐(45分)礼文岳山頂(30分)二股分岐(30分)内路バス停 (山頂での休憩を除く。) 北海道の残雪状況:札幌が快晴・気温が30度を超えた日に稚内は15度までしか上がらず、利尻山がひと時も見られなかったうえ、帰りの飛行機でも北海道の山々は雲の中でした。ただ宿泊した民宿の方に聞いてみたところ、利尻山の残雪は例年以上に多いということでした。8月3日から一週間ほど北海道の山を訪ねますので、最新の情報は後日に、乞うご期待ということで。 (中野) |
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雷さまと遊んだ越後中の岳 |